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(Reblogged from officek3)
先日「ROOKIES」の映画版を見た。まあこれがまたひどいわけだったのだが、そのあたりはもう省略していいだろう。どうひどかったかは今月の映画秘宝か宇多丸氏のシネマハスラーを参照していただきたい。あの映画版は、亀田家プロデュースに失敗したTBSの捲土重来といえる。あの映画でもやはり闘いはなく、あるのはアメリカンウェイな自己啓発だけだった。闘いを描くことが目的ではないため、敵が何者であるかもろくに語られず、粛々と進行しなければならない高校野球という場で、教師が長々とタイムを取って生徒たちに説教をかまし、堂々と遅延行為を行いつつ、「布団売るぞ! 洗剤売るぞ!」というマルチ商法の集会みたいに自分たちがひたすら盛り上がっていたが、このあたりは亀田家で用いられた方程式とまったく同じだ。映画では野球の魅力がこれっぽっちも描かれなかったけれど、亀田家を取り上げたときもボクシングという競技をまともに描いてはいなかった。野球でもボクシングでも、試合というのは相手の夢を砕くことなのだが、そうした悲劇性を消し、ときにはルールさえ無視して「夢をかなえる自分たち」という不気味な物語をつむぎつづけていた。自分たちが盛り上がるためなら他人や法律などシカトしてもかまわないというカルトな臭いがした。ここで大事なのは「説教する」「みんなで大声をあげる」「勝利に号泣する」なのであって、つまるところ競技はなんだっていいのだ。